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福岡高等裁判所 昭和58年(ネ)555号 判決

控訴人

横溝正吉

右訴訟代理人弁護士

森竹彦

被控訴人

網川淳子

右訴訟代理人弁護士

配川寿好

右訴訟復代理人弁護士

江越和信

当審被控訴人補助参加人

平井啓

右訴訟代理人弁護士

阿川琢磨

主文

一  控訴人の本訴請求に対する控訴を棄却する。

二  原判決中反訴請求部分を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し金二五万三〇一七円及びこれに対する昭和五四年一二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用中、補助参加によりて生じたる部分はこれを一〇分し、その九を当審被控訴人補助参加人の、その余を控訴人の各負担とし、その余の部分は第一、二審の本訴反訴を通じてこれを五分し、その四を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

四  この判決は第二項の1に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。

2  控訴人が、昭和五四年一二月二〇日午前九時頃、北九州市小倉南区朽網二〇三二番地一前路上において発生させた交通事故に基づき、被控訴人に対する損害賠償債務が存在しないことを確認する。

3  被控訴人の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は本訴反訴を通じて第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  控訴人の本訴請求原因

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 昭和五四年一二月二〇日午前九時頃

(二) 場所 北九州市小倉南区朽網二〇三二番地一前路上

(三) 態様 控訴人が普通貨物自動車(福岡一一せ二三七二、以下「本件車両」という。)を運転し、対向車と離合するため幅員約四メートルの本件事故現場の道路をその左端に寄せて時速約五キロメートルの速度で進行中、左側歩道上を対向歩行していた被控訴人に気付かず、「痛い」という声で停車したところ、歩道上に立つていた被控訴人から、「あなたの車の左バックミラーが私の左肩に当たりましたよ。」と言われた。

2  損害について

本件事故に関し、被控訴人には何らの傷害も発生しなかつた。

即ち、仮に被控訴人と本件車両の左バックミラーとが前記態様の如く接触したとしても、本件車両の左バックミラーはそもそも可動式(手でも動かせる。)であり、接触や衝突による衝撃が緩和される構造になつていたこと、本件車両の速度は時速約五キロメートルであり、接触部位も同車の左バックミラーと被控訴人の左肩部分のみであること、被控訴人は歩道上を歩行中であり全く転倒していないこと等に照らすと、その接触の程度は極めて軽微であつたはずである。

3  確認の利益

被控訴人は本件事故により受傷したとしてしばしば夫を介し控訴人に対し金員の支払を要求した。控訴人は、被控訴人が真実受傷したのか疑問に思いつつも、数回に分け合計五五万円を支払い、また被控訴人の入院先病院にも治療費として一二〇万円を支払つた(なお被控訴人は自賠責保険からも仮渡金四〇万円を受領している。)。しかるに被控訴人は、更に、自ら又は夫を介して執拗に金員の支払を請求するため、控訴人はその対応に苦慮している。

4  よつて、控訴人は被控訴人に対し、本件事故に関する損害賠償債務の存在しないことの確認を求める。

二  本訴請求原因に対する被控訴人の認否

1  本訴請求原因1のうち、(一)、(二)は認め、(三)は否認する。本件車両の本件事故直前の速度は時速五キロメートルを超えていた。

2  同2は否認する。

3  同3のうち、被控訴人が控訴人からその主張にかかる金員を受領したことは認め、その余は否認する。

三  被控訴人の反訴請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時・場所は本訴請求原因1(一)・(二)のとおりである。

(二) 加害車両 本件車両

運転者 控訴人

(三) 保有者 控訴人

2  控訴人の責任

被控訴人が曽根方面から行橋方面に向つて歩道を歩行中、対向して本件車両を運転して進行してきた控訴人が前方注意義務を怠つたために同車の左バックミラーを被控訴人の左肩に接触させたものであり、控訴人は本件車両の保有者として自賠法三条に基づく責任がある。

3  受傷内容

被控訴人は本件事故により頸部捻挫、左肩打撲等の傷害を受け、次のとおり治療を要した。

(一) 入院

平井整形外科医院

昭和五四年一二月二六日から昭和五五年五月六日まで

九州労災病院

昭和五五年五月一三日から同月二一日まで

(二) 通院

平井整形外科医院

昭和五四年一二月二〇日から同月二六日まで

健和総合病院

昭和五五年三月四日から昭和五六年六月一日まで

九州労災病院

昭和五五年四月二五日から同年五月一〇日まで

岡田鍼灸科療院

昭和五五年五月八日から同年九月三日まで

4  損害

本件事故により被控訴人の被つた損害は、次のとおりである。

(一) 治療費 三一二万九三六〇円

内訳

(1) 平井整形外科医院

三〇五万五五六〇円

(2) 九州労災病院 一万四二〇〇円

(3) 健和総合病院 一万四六〇〇円

(4) 岡田鍼灸科療院 四万五〇〇〇円

(二) 入院雑費 一五万六九四九円

(三) 通院費 一六万五三〇〇円

右はタクシーによる通院費である

(四) 付添費 一一六万六六六五円

被控訴人の入院中、夫晃二は子供三人の世話を含む家事をするため、昭和五四年一二月二六日から昭和五五年五月末日まで、当時勤務していた株式会社網川組の休業を余儀なくされた。晃二は右勤務先から月額二三万三三三三円の給与を得ていたので、右五ケ月間の付添費は一一六万六六六五円である。

(五) 休業損害 二二一万五六六一円

被控訴人は本件事故当時株式会社網川組の従業員として月額一三万〇三三三円の給与を得ていたところ、本件事故により昭和五四年一二月二〇日から昭和五六年六月一日まで一七ケ月間の休業を余儀なくされた。

(六) 慰謝料 一七〇万円

被控訴人の本件事故に伴う入通院期間を考慮すると、その精神的苦痛を慰謝するには少なくとも一七〇万円が必要である。

(七) 弁護士費用 六〇万円

被控訴人は本件事故の解決のため弁護士に事件を委任し、その報酬として六〇万円を支払う旨約した。

(八) 損害填補 二一五万円

被控訴人は、本件事故に関し自賠責保険から四〇万円、任意保険から一二〇万円、控訴人から五五万円を受領した。

5  よつて、被控訴人は控訴人に対し右差引損害金六九八万三九三五円のうち六九二万五〇三七円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五四年一二月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  反訴請求原因に対する控訴人の認否

1  反訴請求原因1は認める。

2  同2のうち、控訴人が本件車両の保有者であることは認め、その余は否認する。

3  同3のうち、被控訴人が平井整形外科医院及び九州労災病院に入通院し、健和総合病院に通院したことは認め、その入通院期間及び岡田鍼灸科療院に通院したこと(通院期間を含む)は知らない。その余の事実は否認する。即ち、本件事故は極めて軽微な接触事故であり、入通院を必要とするものではなかつた。

4  同4のうち、(八)は認め、その余はすべて否認する。とくに平井整形外科医院の治療費は、初診料(四〇〇〇円)、再診料(二〇〇〇円)、投薬料(クスリとのみ記載され薬品名の記載のないものもある。)、静脈注射・点滴料、入院料(一日当り食事付一万二〇〇〇円、食事なし九五〇〇円)のすべてにわたつて著しく高額である。同医院での一日当りの治療費(治療費合計を診療実日数で除した額)は、昭和五四年一二月二〇日から昭和五五年一月二〇日までの間が二万一七〇一円(治療費合計から入院料を差引いた額を基礎に計算しても一万一七四九円)、同月二一日から同年二月二九日までの間が二万四七五五円(前同一万二七五五円)である。これは、頸椎捻挫の通常の治療費としては社会的相当性を著しく超えるもので、薬漬け治療の疑いがあり、本件事故との因果関係を欠くものである。

五  当審被控訴人補助参加人(以下「補助参加人」という。)の反論

平井整形外科医院における治療費はすべて規定に基づく正当なものである。

1  初診料・再診料について

補助参加人の所属する社団法人北九州市小倉医師会(以下「医師会」という。)の外科会が定めた昭和五四、五年当時の自由診療の初診料は四〇〇〇円、再診料は二〇〇〇円(なお時間外、休日、深夜は更に高くなる。)である。

2  投薬量の算定方法、静脈注射・点滴について

薬剤(内服、外用とも)の診療報酬明細書への記入は、健康保険診療規約に従つて単位で表示され、一剤あるいは一連の薬剤一回の処方が一単位で一日分と記される。従つて、例えば三種類の薬剤が一ケ月の間に各別に三〇日分処方されれば合計九〇日分となるのであつて、このことは適量の三倍の投薬がなされたことを意味するものではない。また静脈注射・点滴は神経症状が強いときその他諸種の症状に応じて行われるものであり、食事がとれないときにのみ行われるものではない。

3  入院料について

医師会の外科会が定めた昭和五四、五年当時の自由診療の入院料(一日につき)は大部屋で一万二〇〇〇円である。

4  「クスリ」の記載について

診療報酬明細書に「クスリ」と記載するのは、単位が一〇円未満のものを示し、事務の煩雑化を防ぐため、健康保険診療規約が定めた記載方法に従つたまでのことである。

5  薬漬け治療の疑いについて

平井整形外科医院が被控訴人について行なつた頸椎捻挫の治療費が不当に高額であるか否かはその当時に同様の症例について他医院が行なつた自由診療の治療費と比較対照した上で論じられるべきものであり、その様な比較対照なしに薬漬け治療云々するのは単なる中傷にすぎない。平井整形外科医院が被控訴人に対して行なつた治療は、同種の症例についての治療としてはむしろ抑制的であつて決して薬漬けではなく、また一点の単価も二〇円であり、極めて常識的なものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件事故の発生

〈証拠〉を総合すると、昭和五四年一二月二〇日午前九時頃北九州市小倉南区朽網二〇三二番地一前道路上において、被控訴人が曽根方面から行橋方面に向つて歩道上を歩行中、対向して本件車両を運転して進行して来た控訴人が、本件車両の左バックミラーを被控訴人の左肩前方に接触させて被控訴人を立つた状態において反対方向に回転させるという本件事故が発生したこと、被控訴人は本件事故直前、子供を保育園に連れて行くためゆつくりした足どりで歩道上を歩いていたものであつたこと、当時控訴人は幅員約四メートルの車道を対向車との接触に気をつけながら時速約五キロメートルの速度で進行中であつたこと(もつとも右車道の幅員は本件事故現場付近で約六メートル余に広がつていたこと)、本件車両のバックミラーは手動調整が可能であり、本件事故当時も被控訴人の左肩に接触してわずかに曲つていたことが認められ(ただし、事故発生の日時・場所については当事者間に争いがない。)、他に右認定を左右する証拠はない。

二被控訴人の症状と治療経過

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  被控訴人は本件事故直後(事故当日)、北九州市小倉南区内の平井整形外科医院を訪れ、平井啓(補助参加人)医師に対して左肩前面の痛みを訴え、肩部のレントゲン撮影検査等の結果、左肩打撲、頸部捻挫との診断を受けて帰宅した。翌日、被控訴人は左肩部痛に加えて頭痛、頸部痛等が発現したことから、同病院において更に同日頸部のレントゲン撮影検査を受けた結果、本件事故以前から存在するものと認められる頸椎の異常、即ち頸椎に正常な湾曲がなく蛇行するなど正常人とは異なる所見が認められた。

2  被控訴人は昭和五四年一二月二五日まで右病院に通院(実日数五日)した。この間被控訴人は頭痛、頸部痛のほか左肩から腕へかけての放散痛あるいは左手の冷感等をも訴えるようになつたが、とくに頭痛が強いため、同月二六日、自らの希望で右病院に入院した。平井医師もこの時点での被控訴人の入院は治療上やむを得ないものと判断し、以後昭和五五年三月四日まで被控訴人の入院治療に当つた。

3  被控訴人の症状は右入院治療によつても改善されず、治療の限界を感じた平井医師は昭和五五年三月四日、被控訴人に対し、北九州市戸畑区内の健和総合病院に通院するよう勧めた。被控訴人は平井整形外科医院での入院を継続したまま右健和総合病院への通院を始めた。同病院では、前同日から昭和五六年六月一日までの間、脊椎矯正術(カイロプラクティック)の専門医である藤川勝正医師及び馬渡敏文医師の診療を受けた。藤川医師は昭和五五年三月四日被控訴人のレントゲン撮影検査を実施したが、特記すべき所見は認められなかつた(同医師は、被控訴人から本件事故の状況を、歩行中に自動車のバックミラーと接触し一回転して転倒した旨聞かされていた。)。ただ同医師の触診によると、被控訴人の第一ないし第三頸椎の左側に後方転位、第三頸椎の右側に右側方転位、第一仙椎及び第一一胸椎に過敏圧痛が認められ、同月二一日には左足の知覚異常が認められた。被控訴人には通院期間を通して脊椎矯正術、鍼、マッサージ併用、薬物投与等の治療が施された。藤川医師は被控訴人の傷病を「外傷性頸部症候群、腰部挫傷、胸椎挫傷」と診断し、馬渡医師も「外傷性頸部症候群、腰部挫傷」と診断した。なお右医師らは、被控訴人の訴える頭痛、両手のしびれ、左足先のしびれ等の症状は昭和五六年二月末頃には症状固定したと診断した。

4  被控訴人の入院受入先を探していた平井医師は、北九州市小倉南区にある九州労災病院を被控訴人に紹介した。被控訴人は昭和五五年四月二五日から同年五月一〇日までの間同病院に通院(実日数五日)した後、同月一三日から二一日まで入院(実日数九日)して検査、診療を受けた。神経内科を専門とする主治医の柿木隆介医師は、頭痛、頸痛、手先等の各所の疼痛と四肢末端の感覚障害、両顔面筋の脱力等を訴える被控訴人に対し、筋電図検査、神経伝導速度検査、脳波検査等を実施したが、他覚的にはいずれも正常であり、ただ頸椎のレントゲン写真で第四から第六頸椎付近にやや捻挫様の所見及び先天的な頭蓋底の偏平化の所見等が認められる程度であつた。同医師は、被控訴人の退院の際の所見として、その訴える症状は神経内科的には異常とは認められず、専ら同被控訴人の心因的要因によるヒステリーの疑いがあると診断した上、今後の治療方針として整形外科において経過を観察するよう指示した。

5  被控訴人は、昭和五五年五月八日から同年九月三日までの間、北九州市小倉北区内の岡田鍼灸科療院に通院(実日数一六日)し、鍼、マッサージの治療を受けた。

6  被控訴人は昭和一六年四月二五日生れの女性であり、本件事故当時満三八歳であつた。被控訴人は昭和三九年一一月二〇日に婚姻した夫晃二との間に一男二女があり、子供達は本件事故当時それぞれ満一五歳、満九歳、満四歳であつた。被控訴人は本件事故による前記症状のため、夫との夫婦生活がうまくいかなくなり昭和五五年九月二二日一旦夫と協議離婚したが、子供達の希望もあつて同年一二月一二日夫と再婚した。

三被控訴人の責任及び本件事故と受傷との因果関係

1  控訴人が本件事故当時本件車両の保有者であつたことは当事者間に争いがないから、他に特段の主張、立証もない本件にあつては、控訴人は、自賠法三条に基づき、本件車両の運行供用者として、本件事故により被控訴人の被つた損害を賠償すべき義務がある。

2 ところで、本件事故は、前記一認定のとおり歩道上をゆつくり歩く被控訴人の左肩に反対方向から時速約五キロメートルで進行する本件車両の左バックミラーが接触するという態様のものであるところ、原審における鑑定人江守一郎の鑑定の結果及び当審証人江守一郎の証言を総合すると、右認定の事故態様の場合、力学的にみて、被控訴人の左肩には時速約七、八キロメートルの速度で歩く歩行者の左肩に静止する本件車両の左バックミラーが接触する程度の力が加わるに過ぎず、しかも被控訴人は右接触によりその場で半回転しているから接触の際被控訴人の左肩に加わる力はその分緩和され、バックミラーが手動により調整可能なものであつたこと等をも考慮すると、被控訴人の頸部、胸部、腰部に加療を要する程の傷害が生ずるとは考えられないことが認められる。

しかしながら、被控訴人は、前記二認定のとおり、本件事故以前すでに頸椎に正常人とは異なる異常(変形)所見の存したことが認められるから、それまでは変形した頸椎のまま正常人と何ら変わりなく頸部痛、頭痛等の症状を訴えることなく生活を営みえた被控訴人が、本件事故に遭遇することによつて右症状を発現するに至つたとしても、あながち不自然とは考えられない。そして本件事故以前、被控訴人に右のような症状が出ていたことまでは一切うかがえず、被控訴人の本件事故後の症状が詐病であるとも認めがたい以上、被控訴人の前記症状は本件事故によつて発症するに至つたものと認めるのが相当である。被控訴人の脊椎の変形という前記特異性のため本件事故の有無に拘りなく将来必然的に被控訴人に前記認定のような症状が一部にでも出現するという関係が認められるならば、本件事故と被控訴人の症状との間の因果関係の存在を認めることはできないけれども、本件では、被控訴人の特異性と症状との間の右の如き関係を窺知することまではできない。

なお、本件事故と被控訴人の発症との間に右のとおり因果関係を認めうるとしても、その損害額の算定に当つては、前記認定の被控訴人の頸椎の変形という特異性が少なからず寄与したことは明らかであり(本件事故によつて被控訴人の脊椎に前記変形をもたらしたとするまでの事実がうかがえないことは、すでに触れたとおりである。)、また前記認定のとおり、或は当審における鑑定人山内健嗣の鑑定の結果によつても、被控訴人の治療が長期化した背景には同被控訴人の生来的な性格に基づく心因的反応(外傷性神経症)に因る部分が多分に存したことを否定し難いから、これらの点を考慮する限り、損害の衡平な分担という観念上、損害額の評価の面で控訴人の本件事故に対する寄与度を四割と評価し、その限度で控訴人の損害賠償義務を肯定するのが相当である。

四被控訴人の損害

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  治療費 八二万一〇三二円

被控訴人は、前記発症による治療費として、(一)平井整形外科医院につき一九七万八七八〇円、(二)九州労災病院につき一万四二〇〇円、(三)健和総合病院につき一万四六〇〇円、(四)岡田鍼灸科療院につき四万五〇〇〇円、以上合計二〇五万二五八〇円を要したが、その四割である八二万一〇三二円が控訴人の賠償すべき損害である(なお、平井整形外科医院における治療費は合計三〇五万五五六〇円となるところ、このうち昭和五五年三月五日以降の同医院における入院費七五万六〇〇〇円(一万二〇〇〇円×六三日)、右同日以降におけるセデス、ベンザリン、セレナール、ホリゾン、クリアミン等の鎮痛剤の投与を除く治療費合計四五万八〇八〇円、及び本件事故による発症とは関係のない蕁麻疹、顔面の発疹に対する投薬代合計六二八〇円を各控除し、昭和五五年三月五日から同年五月六日の間の同医院における時間外再診料合計一四万三五八〇円を加算した一九七万八七八〇円をもつて、同医院における治療費と認めるべきである。)。

2  入院雑費 二万二一二〇円

本件事故により必要であつた被控訴人の入院期間は、前記認定のとおり、平井整形外科医院における昭和五四年一二月二六日から昭和五五年三月四日までの間及び九州労災病院における同年五月一三日から同月二一日までの間の計七九日間と認めるべきであるから、その間の入院雑費として、一日七〇〇円で計算した合計五万五三〇〇円をもつて相当と認める。従つて、控訴人の負担すべき金額はその四割である二万二一二〇円となる。

3  通院費

症状の程度からタクシーによる通院が必要であるとまでは認めがたく、被控訴人主張のタクシーによる通院費は認めることができず、他に通院に関する費用の立証がない。

4  休業損害 七二万九八六五円

被控訴人は、本件事故当時、義父(夫の父)が経営する株式会社網川組に従業員として給料月額一三万〇三三三円で雇用されていたが、本件事故当日である昭和五四年一二月二〇日から昭和五六年六月一日まで休業したことが認められるものの、本件事故と相当因果関係のある休業損害は、事故日から症状固定の診断がされた昭和五六年二月までの一四ケ月間と認められる。従つて、控訴人に賠償させるのを相当とする損害額は、右一四ケ月の休業損害一八二万四六六二円(一三万〇三三三円×一四)の四割である七二万九八六五円(円未満切上)である。

5  慰謝料 八〇万円

本件事故の態様、被控訴人の発症及び後遺症の程度・態様、治療経過、被控訴人の前記脊椎の特異性、その他本件にあらわれた諸般の事情に照らして、本件事故による被控訴人の精神的苦痛を慰謝するには八〇万円をもつて相当であると認める。

6  付添料

前記認定事実によると、被控訴人に付添介護が必要であつたとは認められないから、被控訴人が主張する夫の休業損害をもつて、本件事故により被控訴人に生じた損害であると認めることはできない。

7  損害填補 二一五万円

本件事故につき被控訴人が自賠責保険から四〇万円、任意保険から一二〇万円及び控訴人から五五万円のそれぞれ損害填補を受けたことは、当事者間に争いがないので、前掲損害金合計二三七万三〇一七円から右填補合計二一五万円を控除した二二万三〇一七円が賠償すべき損害である。

8  弁護士費用 三万円

本件事案の性質、訴訟の経過、認容額等に照らして、被控訴人が控訴人に対し賠償を求めうる弁護士費用は、三万円をもつて相当であると認める。

五右のとおり、控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、被控訴人の反訴請求は控訴人に対し二五万三〇一七円及びこれに対する不法行為の日以後である昭和五四年一二月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。

六結論

以上の次第であつて、原判決中控訴人の本訴請求を棄却した部分は正当であるから、右部分の控訴は棄却すべく、被控訴人の反訴請求は右認定の限度において正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決は一部不当であり、本件控訴は一部理由があるから、原判決中反訴請求部分を主文二項のとおり変更し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、九四条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官新海順次 裁判官山口茂一 裁判官榎下義康)

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